夜明けはいつだ

先日、友人から教えてもらった「遠い夜明け」という映画を見た。

早めの夕飯を終えて、その日はもう寝ようかと思ってたけれど、寝るには少し早いかなと、アマゾンプライムでこの映画を見始めた。
始まって30分。これは寝る前に見ては駄目だと、途中で見るのをやめた。
そして数日後の昼下がり。全編を見た。

物語のあらすじは、南アフリカ共和国のアパルトヘイト問題に立ち向かった黒人運動家スティーヴ・ビコを取材した記者ドナルド・ウッズの原作を基に、「ガンジー」のR・アッテンボローが製作・監督した社会派ドラマ。

前半と後半で沢山の事を考えた。
途中まで見て思ったことは、マジョリティの傲慢さについてだった。
白人新聞記者のウッズは、差別に反対するリベラル派ではあるが、最初、実際のアパルトヘイトも見ずに、黒人活動家のビコに対して「白人差別主義者だ」という。
彼らの対話、すごく既視感があり、フェミニズムの運動の中で、度々女性が言われてきたこととどことなく被る。
そして、マジョリティ側が差別問題を語る難しさを思う。
時として傲慢になりやすい。
なぜなら、マジョリティはそれが普通であるから、自分の持っている特権に気付けないから。
ビコと対面したあと、ウッズの自宅が描かれるのだが、「うわっ!」と思ってしまった。
プール付き、黒人の家政婦付きの暮らしをしておいて、「きみは白人差別を煽っている」だなんて。ちゃんちゃらおかしい。なめたこと言いやがって、と言いたくなるのだが、ビコは誠実にウッズと対話をし、アパルトヘイトの現状を教えていく。
例えば障がい者に対して、「きちんと感謝すべき」と言えてしまうのは、健常者が普段から感謝しなくても生きていけるマジョリティだからだ。
どんな時でも、一歩立ち止まって、自分の特権を意識することが大事だと思った。

中盤より、黒人への警察の非人道的な扱いが描かれていく。
拘留中に亡くなる黒人の多さ。
私はすぐに、今年入管で亡くなったウィシュマさんのことを思い出した。
入管法改悪案(改悪案と言います)が取り上げられるずっと前から、入管に収容された外国人の方への、人権がまるで保証されていない扱いが問題視されており、南アフリカ共和国の状況は、遠い国の出来事ではない。
このところ、入管法の問題や、LGBTQ理解増進法の問題、選択的夫婦別姓の問題を通して、もう自民党は差別党に名前変えたら?と言いたくなる事が続いている。そもそも、LGBTQの法案に「差別はしてはいけない」という文言を入れることすら拒否したというのだから。
うん。差別党でいいんじゃないですかね?
どれも私事じゃないと感じるかもしれないが、誰かの人権をないがしろにする人は、簡単にあなたのことも切り捨てる。
なぜ、全ての人に同じように平等に人権がある、ということが理解出来ない人が権力を持っているのか、やりきれない怒りが沸き上がる。
それとも、権力者は自分の権力を維持したくて、自分とは異なる人を恐れ、排除しようとするのだろうか。

子供の頃、私は日本に生まれて良かったと思っていた。
しかし、急速に周りの国々が差別解消に向けて変化していく中、諸外国から取り残された日本で、差別は良くないという前提の法律すら出来ない日本で、私たちは何を誇りにすればいいのだろう。

映画のタイトルは「遠い夜明け」。
夜はまだ明けていない、けれど、いつか来る夜明けを信じている映画のタイトルを羨ましく思う。
「昼間のような、真夜中」
今の日本をこう感じてしまうことがとても悲しい。
私に何が出来るのだろう。私の無力が悔しいが、問題意識は持ち続け、こんなちっさな場でも、発信することは続けていきたいと思う。

長い感想文、読んでいただきありがとうございました。

2021/06/02